プロフィール

<地元生まれ>

 平成元年(1989)長野県上田市産院に生まれる

 父は東塩田平井寺出身、母は神畑に育つ。

 引っ込み思案でおとなしい子供時代ながら、市立神科小学校、市立第五中学校では児童会・生徒会役員

 

 剣道部にも所属し、副部長として選手や部員のために「道場の掃除」や「ドリンクをつくる」などのサポート活動。。。(万年補欠ゆえのこと)

平和の原点

高校は篠ノ井の長野俊英高校で学び、「郷土研究班」で松代大本営地下壕について調査・研究。

 班の代表として小坂憲次文部科学大臣(当時)や生協グループ、韓国の学者の皆さん、市民の皆さんなどへ壕の案内をしました。

戦争はいつでもどこでも弱い立場の人から犠牲にすると学び、平和運動に関わりつづけようと決意をしたのです。

学生時代

 大学進学で東京・大田区へ。立正大学文学部史学科。<br>

   入学直後、ときの安倍政権の「防衛庁省昇格」「教育基本法改悪」「国民投票法制定」など国のかたちにかかわる重要事項をのきなみ強行採決で押し通す政権運営に危機感を抱き、青年運動・平和運動などに関わる。

 

 市民運動に関わりながら、国立市のデイケア施設で働いて介護現場の大切さ・大変さを学びました。(ホームヘルパー2級取得)

 卒業論文のテーマは「近世のゴミ処理問題」。環境問題が深刻化する現代と比して、ゴミ処理と向き合った当時の人々の知恵に驚かされました。

 卒業後、民間企業(京都)に就職するもふるさとの将来を思い退職、帰郷。

帰郷

帰郷後は、財団法人長野社会文化会館職員として勤めながら地域活動、上田市議会広報広聴モニター活動に取り組み、もっと人にやさしい市政の実現に向け、地域からネットワーク構築に取り組んでいます。

2014年上田市議選挑戦

 2014年の上田市議会議員選挙に立候補。「市民と議会の距離を縮めること」を柱に選挙を戦う。

多くの皆さんと対話を重ねさせていただき、「若さを未来のために」と訴える。

 1073票の尊いご支持を賜るも落選。定数30に37名立候補。34位。 捲土重来を誓う。

2014年衆議院総選挙挑戦

第47回衆議院選挙に「大義なき解散であるが、安倍政権に白紙委任・全権委任をしないため反戦・脱原発・反アベノミクス・反TPPを正面から掲げましたが、議席獲得には至りませんでした。

原発も戦争もない社会を未来の子どもたちにプレゼントしよう、というコンセプトで街頭ではサンタさんの衣装の皆さんと行進しました、

現在の役職・関係すること

・財団法人 長野社会文化会館職員

 

・社会民主党長野県連合 副幹事長

 

・社会民主党上小総支部 副幹事長

 

・長野県護憲連合 常任理事

 

・信州護憲ネット会計監査


・松代大本営の追悼碑を守る会 幹事


・非核・平和・憲法を護る上小の会 代表委員

 

・戦争をさせない1000人委員会・信州事務局/上小共同事務局

 

・長野県青年団結集会/平和友好祭 各 副実行委員長

 

・社会新報地方通信員

 

・上田地球を楽しむ会会員

 

・全国風穴サミット信州上田実行委員会 事務局次長

 

・上田市消防団第12分団団員(応急手当普及員)